●ケビン・ラッド氏は6月のALP党首選に勝ち、首相に返り咲いたばかり〔AFPBB News〕
『
Financial Times 2013.08.09(金)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38420
オーストラリア次期首相に迫る「運の尽き」
ラッキーカントリーも鉱業ブームの終わりで難しい局面に
(2013年8月8日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
オーストラリアはこの20年間、「ラッキーカントリー(幸運な国)」という評判にふさわしい国だった。
同国は1991年以降、世界の先進国で唯一、景気後退を経験していない。
健全な金融システムと、
経済を加速させた中国製の鉱業ブームのおかげで、世界金融危機を見事に切り抜けた。
石炭と鉄鉱石の莫大な埋蔵量のみならず、いつでも液化し、エネルギー不足の日本と韓国に出荷することができる莫大な天然ガス埋蔵量も誇る。
さらに、少ない公的債務、低いインフレ率、そして今のところ比較的低い失業率を謳歌し続けている。
しかし、「ラッキーカントリー」という言葉には続きがある。
これは作家で社会評論家のドナルド・ホーンが1964年に名付けたもので、フレーズ全体はあまり楽観的ではない。
「オーストラリアはラッキーカントリーであり、
その幸運を分かち合う二流の人物が運営している」
というものだ。
オーストラリア経済の行く手には荒波が待ち受けており、有権者は来月の総選挙で、欠点のある政治家2人のうち、どちらに舵を取らせるべきか決めなければならない。
この選挙はホーンの格言を極限まで試すことになるだろう。
■好感の持てないナルシシストvs不人気な女嫌い
首相になったかと思えば姿を消し、また返り咲いたケビン・ラッド氏と、自由党率いる野党連合の代表のトニー・アボット氏は、それぞれに欠点がある。
勝つのがどちらにせよ、ラッド氏が
「中国資源ブームの終焉」と呼ぶものからの移行を管理するという難しい仕事が待ち受けている。
ラッド氏は猛烈なインテリで、北京語(中国標準語)を操る。
また、安全保障上の主たるパートナーは米国だが、最大の貿易相手国は中国であるこの国を形作る様々な力をよく理解している。
しかし、ラッド氏は時に嫌な政治家でもあり、高飛車な態度のせいで自党内の多くの人から嫌われている。
今年6月、3度目の挑戦でジュリア・ギラード氏からオーストラリア労働党(ALP)党首の座を奪い返した時には、閣僚の多くがラッド氏に仕えることを拒んだ。
ラッド氏の流儀に対する嫌悪は、ジョン・ハワード元首相の下で11年続いた連立支配に終止符を打った2007年の「ラッドスライド(ラッドとランドスライド=地滑り的勝利=をかけた言葉)以来ずっと、ALPを悩ましてきた。
2010年に労組が強いALP議員の支持を失うと、ラッド氏はクーデターで辞任に追い込まれ、力は劣るにせよ、より好感の持てるギラード氏がその後を継いだ。
たちの悪い内部闘争は、本来なら過去100年間で最も目覚ましい鉱業ブームの恩恵を享受しているべき時に、ALP政権を壊滅状態にした。
●自由党は支持率が高いが、トニー・アボット氏本人の正味の支持率は大幅なマイナス〔AFPBB News〕
次に、アボット氏にご登場願おう。
同氏の率いる自由党は財政的に慎重な政策要綱を掲げており、現在、国を統治する政党としてオーストラリア国民からの信頼を集めているが、アボット氏自身はそうではない。
元ローズ奨学生で一時は聖職の訓練を受けたアボット氏は、いじめっ子の評判を持つ社会的保守主義者だ。
ギラード氏は、女性と中絶に対する見解や、彼女に対する「ディッチ・ザ・ウイッチ(魔女を退治せよ)」キャンペーンとの関係についてアボット氏を非難した。
アボット氏は乱暴者のイメージを和らげようとしてきた。
だが、ジャーナリストのデビッド・マー氏いわく
「オーストラリア政界の偉大な頑固者の1人」
であるという評判を払拭するのに苦労している。
ニューズポールの最新の世論調査によると、アボット氏の個人的な支持率は正味マイナス22ポイントで、やはり支持率がマイナス領域のラッド氏を13ポイント下回っている。
というわけで、好感の持てないナルシシストか不人気な女嫌いか、というのが有権者の選択肢となる。
政権与党としてのALPの実績を考えると、ラッド氏が党首に返り咲いて以来、ALPが差を縮めたとはいえ、アボット氏の率いる自由・国民連合が勝つ公算が大きい。
■ファンダメンタルズが急激に悪化、豪ドル安効果に期待も・・・
どちらが勝ったとしても、国家運営は簡単にはいかない。
急落するコモディティー(商品)価格のせいで、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は予想より急激に悪化した。
政府は先週、策定から3カ月しか経っていない予算を破棄することを余儀なくされ、今年度の経済成長率の予想を2.5%に下方修正するとともに、今後4年間の歳入見通しを合計330億豪ドル(297億米ドル)引き下げた。
オーストラリア準備銀行(RBA)はこれに対して、
基準金利を史上最低の2.5%
に引き下げた。
鉱業ブームが豪ドルを米ドルとのパリティ(等価)を超す水準に押し上げたために、オーストラリア経済の資源以外のセクターは近年、苦戦してきた。
豪ドル高と賃金上昇とが相まって、一部の製造業者は廃業に追い込まれた。
フォード・モーターはオーストラリアから撤退する。
国内総生産(GDP)の4分の3を占めるサービス産業も苦しんでいる。
観光客も外国人留学生も、高い物価に意欲を失っているからだ。
こうした効果の一部は今後、逆転するだろう。
豪ドルが弱くなり、通貨安がグレン・スティーブンスRBA総裁の言う「緩衝材としての通常の役割」を果たすようになるからだ。
豪ドルは4月初め以降、既に15%下落している。
だが、これで十分かどうかは分からない。
実際、工場を閉鎖する方が工場を開設するより簡単だ。
確かに、新規開発が始まるに伴い、コモディティー輸出、特にガスの輸出は増え続けるだろう。
しかし、資源投資――50年平均がGDP比2%であるのに対し、同8%に上っている――は急激に減少する見込みだ。
過剰な債務を背負う消費者は簡単にはその穴を埋められない。
オーストラリアは今の世代で経済的に最も難しい時期を迎える可能性がある。
■20年も好況が続いたのに「この日」に備えなかった政治家たち
来月の選挙で勝った人は、構造的な経済転換であるこの現象に対抗するうえで、お粗末な手段しか持たないかもしれない。
ここで、特筆すべきことが1つある。20年間の好景気が続いた後だけに、政治家はもっと周到にこの日のために準備をしていてもおかしくなかったはずだ。
鉱業ブームの思いがけない利益を使い、いざという時のための基金を創設したり、政府系ファンドを設立したりする議論は散発的に出た。
その意味では、ラッド氏の「スーパータックス(資源超過利潤税)」は正しい路線だったが、時期が遅すぎ、実行がお粗末だった。
その結果、オーストラリアは必要以上に景気下降に脆弱になっている。
成長が鈍化するなかで、オーストラリアは、豪ドル下落が同国経済の資源以外の部分に新しい息吹を吹き込んで成果を上げることを願うしかない。
他の先進国経済と比べると、オーストラリアはまだかなり恵まれているように見える。
しかし、次の首相は、運がまだ当分尽きないことを祈らねばならない。
By David Pilling
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『
JB Press 2013.08.28(水) Financial Times:
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38565
オーストラリアの選挙、野党が勝利を視野
厳しい経済問題を避け、甘言を弄するアボット氏
(2013年8月27日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
●総選挙へ向けた党首討論に臨む与党・労働党を率いるケビン・ラッド首相(左)と野党・保守連合(自由党・国民党)のトニー・アボット自由党党首〔AFPBB News〕
オーストラリアを訪れ、力強い経済と不機嫌そうな国民感情が並存する同国のパラドックスに驚嘆するのは、ロイド・ブランクファイン氏だけではない。
「あなた方は今、我々が到達しようとしているレベルに落ち込んだ」。
ゴールドマン・サックスの最高経営責任者(CEO)を務めるブランクファイン氏は、最近のオーストラリア訪問時に真顔でこう述べた。
「同情を禁じえません」
オーストラリアの富と不満は2週間後の選挙で明らかになる。
世論調査では、ケビン・ラッド首相と同氏が率いる労働党が政権の座を追われると予想されている。
だが、有権者がトニー・アボット氏が率いる保守派政党・自由党に向かっているのは、同氏が愛のムチを使い、衰えつつあるオーストラリアの成長モデルを修正することを期待しているからではない。
実際はその逆だ。
■内紛続きの労働党に有権者が愛想
ラッド政権が9月7日の選挙で負ける理由はたくさんある。
特に大きいのはラッド氏本人の問題だ。
中国語を話す元外交官のラッド氏はかつて、大半の同僚を鼻であしらいながらも有権者と親密な関係を築くことができた。
だが、3年に及ぶ労働党の内紛を経て、ラッド氏に対する有権者の信頼は消え失せている。
ラッド氏は2010年の党内クーデターで首相の座をジュリア・ギラード氏に奪われた。
今年6月、今度はラッド氏がギラード氏から首相の座を奪い返したが、突飛な言動が仇となり、ラッド氏はもはや有権者にアピールしない。
労働党はこのトップレベルの機能不全に加え、同党が導入した炭素税に対する攻撃と、インドネシアから船でなだれ込む亡命希望者を食い止められなかったことで打撃を受けている。
何とか運勢を上向かせたいと願うラッド氏の望みは、オーストラリアの活字メディアを牛耳るルパート・マードック氏の新聞各紙が日々展開する労働党叩きキャンペーンで絶たれてしまった。
こうした状況のせいで、オーストラリアが直面する最も重要な問題が目立たなくなっている。
つまり、
中国経済の減速と自国の税基盤の弱体化に適応するために、政策をいかに修正すべきか、
という問題だ。
今世紀に入ってからの中国経済のエネルギー集約的な本格離陸からオーストラリアほど大きな恩恵を受けた国はほとんどなく、オーストラリア以上に中国に依存するようになった国は1つもない。
何しろオーストラリアの輸出の4分の1以上が中国向けだ。
■財源を説明できない人気取りの政策
2004年以降、ジョン・ハワード氏からラッド氏、ギラード氏に至るまで、歴代政権は中国資源ブームから得た国民所得の急増を蓄えたり投資したりするどころか、ほぼ使ってしまった。
アボット氏にはこのような贅沢が許されないが、行く手に待ち受ける厳しい時代に向け、有権者を備えさせていない。
野党の猛犬を自称するアボット氏は代わりに、この1年というもの、精力的にイメージチェンジを図ってきた。
アボット氏が選挙運動で掲げた看板政策――女性人気のなさを打破することを目的とした政策で、影の内閣の反対を押し切って採用されたもの――は、多額の予算を割くが、生産性の向上が特に見込めない産休制度だ。
アボット氏はこの制度の財源をどう確保するのか説明できていないし、労働党が導入した炭素税と鉱業税を廃止するという選挙公約によってあく穴を埋めるために、何を削減するのかも説明できていない。
同氏は産休制度を「エンタイトルメント(権利)」と呼んだ。
厳しく対象を絞った福祉給付を誇りにしてきた国にとっては、不穏な米国気質だ。
問題を小さく見せるこうしたやり方は、中国ブームの恩恵からあらん限りの賄賂を受け取ってきた有権者の権利意識を強める一方だ。
オーストラリア準備銀行(中央銀行)は8月初旬に政策金利を過去最低の2.5%に引き下げており、追加利下げが行われる可能性は高い。
だが、金融政策は成長鈍化を食い止める力を失いつつあり、税収の減少のせいで財政面で対策を講じる余裕はなくなっている。
準備銀行は、オーストラリアドルのさらなる大幅下落がリストラの負担を支えてくれることを期待している。
■アボット氏の多面性に期待
しかし、変化のカギを握るのはアボット氏だ。
学生運動の扇動者であり、一時は神学を学び、また、ジャーナリストとして活動し、企業に懐疑的な反共カトリック教徒を政治の師とするアボット氏は、世間のイメージが示唆するよりも多面性がある。
アボット氏は長年、政敵が同氏の変わる力をみくびることから利益を得てきた。
アボット氏が勝った場合、新たに誕生する保守政権に勇気と創造力を求める人は、同氏が再び懐疑派をがっかりさせられることを期待することになる。
By Richard McGregor in Sydney
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JB Press 2013.09.10(火) Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38660
社説:オーストラリアが直面する課題
(2013年9月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
トニー・アボット氏は週末に実施されたオーストラリアの総選挙で勝つために大した努力をせずに済んだ。
自由党と国民党の保守連合を率いるアボット氏は手堅い選挙戦を展開し、20年に及ぶ同氏の政治キャリアを特徴付けてきた失言を避けた。
だが、有権者を説得し、実はそんなに好きではない人物の支持に回らせたのは、与党・労働党内の絶え間ない内紛だった。
今年6月、選挙のわずか2カ月前に、労働党は党首で首相だったジュリア・ギラード氏に代わり、前任者のケビン・ラッド氏をリーダーに据えた。
ラッド氏はギラード氏自身が2010年に退陣に追い込んだ人物だ。
■労働党内紛という敵失で圧勝
労働党の絶え間ない対立が、政権与党としてのまずまずの実績に影を落とした。
オーストラリアの石炭と鉄鉱石に対する中国の需要に支えられ、同国は主要先進国で唯一、金融危機時に景気後退を免れた。
アボット氏が直面する経済見通しは、それよりずっと厳しいものになる。
中国は消費主導型の発展モデルへシフトしており、コモディティー(商品)価格は下落している。
オーストラリアはもはや、自国経済を回していくうえで鉱業セクターに依存できない。
5%前後で推移してきた失業率は、じわじわと上昇している。
歳入が縮小するに従い、財政赤字の抑制は難しくなる。
オーストラリア新首相に就くアボット氏は選挙戦を通して、経済計画については驚くほど曖昧だった。
保守連合は当初、政権に就いて1年以内に財政赤字を解消すると誓ったが、その後、その約束をトーンダウンする羽目になった。
オーストラリアの純債務は国内総生産(GDP)比わずか12%だ。
経済成長のさらなる重しとなりかねない早計な財政引き締めの必要はない。
アボット氏は労働党政権が導入した炭素税と資源超過利潤税を撤廃する意思については、ずっと明確だった。
この点では、同氏の直感は間違っている。
投資と労働よりも環境汚染に課税するほうがよい。
政府には、オーストラリアの隠れた財産を利用して企業が得た利益に対して一定の分け前を主張する権利がある。
■就任後に待ち受ける険しい道のり
外交政策については、英国びいきの新首相は一般に、オーストラリアと米国との関係を強化し、中国に対してはより慎重なアプローチを採用すると見られている。
だが、アボット氏は慎重に事を運ぶ必要がある。
オーストラリアは軍事的安全保障について米国に依存している。
だが、たとえオーストラリアが資源を原動力とした発展モデルからの転換を図っても、中国は同国にとって重要な通商パートナーであり続けるのだ。
易々と選挙で勝利を収めたアボット氏だが、就任後はもっと険しい道のりが待ち受けている。
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【 うすっぺらな遺伝子 】
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