2014年5月16日金曜日

迫りくる危機:土砂廃棄による破壊が懸念されるグレートバリアリーフのサンゴ礁

_

●迫りくる危機 土砂廃棄による破壊が懸念されるグレートバリアリーフのサンゴ礁 
 Andrew WatsonーThe Image Bank/Getty Images


ニューズウィーク 2014年5月15日(木)16時29分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/05/post-3263.php

環境破壊に突き進むオーストラリア
An Environmental Train Wreck

保守派のアボット政権が暴走し地球を守る環境規制を次々に撤廃
リネット・アイブ

 政権奪取からわずか半年で、オーストラリアのトニー・アボット首相は環境政策を「脱線」させた。
 環境保護派の学者たちは、口をそろえてそう言う。

 アボットの政策は世界で最もデリケートな生態系のいくつかに取り返しのつかないダメージを与えかねないと、彼らは警鐘を鳴らす。
 だが環境に優しい政策に戻るよう訴え掛けても、超保守派のアボットの反応はなきに等しい。

 アボット率いる自由党は、二酸化炭素の排出に課税する炭素税および鉱物資源利用税を廃止し、経済発展を阻む「環境規制の束縛」を断ち切ると公約。
 昨年9月に、労働党から政権を奪還した。

 オーストラリア鉱業協会のブレンダン・ピアソン会長に言わせると、両税の廃止は投資と雇用の確保が目的。
 同時に地域社会を支援し、税収を増やし、エネルギー価格を下げ、国際社会におけるオーストラリアの競争力を高めるためでもある。

 しかしジェームズ・クック大学で生物多様性などを教えるビル・ローランス教授は、アボット政権の環境に対する政策転換の規模とスピードに愕然としている。
 炭素税の廃止は「雪崩」のような問題の一部でしかないと、ローランスは言う。

■原動力は目先の経済効果

 アボット政権は西部沿岸でのサメ駆除に乗り出し、貴重な国立公園での家畜放牧を解禁し、再生可能エネルギーへの投資を縮小した。
 そして地球温暖化の人為的要因に疑いの目を向ける実業家ディック・ウォーバートンに、電力供給に占める再生可能エネルギーの割合の見直しを委ねた。

 さらに石炭積み出し港の拡張工事で出る大量の土砂を、世界最大のサンゴ礁地帯グレートバリアリーフに捨てることを許可して物議を醸した。
 ユネスコ(国連教育科学文化機関)に対し、タスマニア原生林のうち7万4000ヘクタールを世界遺産登録から外してほしいと前代未聞の要請も行っている。

 あまりに広大な森林地帯が「(環境保護のために)閉鎖されている」というアボットの発言で、事実上、新しい国立公園を作ることはできなくなった。

 「最悪のタイミングだ」とローランスは言う。
 オーストラリアには、今すぐ保護が必要な生態系がいくつもある。
 例えば絶滅危惧種のフクロモモンガダマシがすむビクトリア州のユーカリ林は、伐採や山火事で危機に瀕している。

 「私の故郷のアメリカ西部でも、保守派は『森を閉鎖している』と言って環境保護派を非難してきた」
とローランスは言う。
 「これは保守派の常套句だ。
 彼らは昔から、手を出したくても出せない地域を『閉鎖されている』と表現してきた」

 サンゴ礁研究の権威でオーストラリア国立大学で教えるクリス・フルトンは、アボット政権に速やかな発想の転換を求めている。

 「現政権にとって自然は人間に奉仕するべきものであり、人間が搾取し利用するべきもの。
 彼らに言わせれば、木材や食料や石炭を供給できない自然に価値はない」
とフルトンは指摘する。
 「それは19世紀、いや18世紀の自然観だ。
 人間が欲しがるものを提供し続けていたら、自然は崩壊してしまう」

 早くから生態系保護の重要性を説いてきたアメリカのトーマス・ラブジョイは、今年11月にシドニーで世界国立公園会議が開かれる前に、オーストラリア政府が林業政策を「新たな視点」から見直すことを期待しているという。

 ラブジョイの見るところ、アボット政権は「目先の経済効果」しか考えていない。
 「地球温暖化にも生物学的多様性にも、もっと心を砕かなくてはいけない」
とラブジョイは言う。

 環境を取り巻く状況が悪化したのは、政治の右傾化のせいだとローランスは考える。
 連邦政府のみならず、主な州政府でも与党は保守政党だ。

 「この国で多くの生態系が危機に瀕していることを示す科学的根拠はいくらでもある」
とローランスは言う。
 「だがアボットはまるで原理主義者のようだ。
 『この連中は今まで私に投票しなかったし、これからもしないだろう』という計算をして、自分に票を投じそうにない有権者は切り捨ててしまう」

■政府の責任は不問に?

 オーストラリアは99年、開発が環境に与える影響を査定するため、環境・生物多様性保護法(EPBC)を制定した。
 画期的な法律だったが、効力は薄れているとフルトンは嘆く。

 「開発を促進するという意味において、政府がEPBCに加えている変更は深刻だ。
 EPBCに基づき、政府は環境問題に関する決定権を保有していた。
 だが現政権はその決定権をほかの機関に移し、環境規制の調整や管理から手を引いている」

 例えば沖合いでの石油・天然ガスなどの資源探査は、海洋石油安全環境管理庁が単独で認可できることになった。
 この機関は環境規制も担当しているが、
 「地域住民の意見を聞く必要もないから、管理庁は探査申請を片っ端から承認している」
と、フルトンは指摘する。

 「環境への脅威を10段階で判定するなら、グレートバリアリーフへの土砂廃棄は1か2くらいだが、海底油田の掘削は最悪だ。
 1度でも石油が漏れたら、あそこのサンゴ礁は壊滅しかねない。
 メキシコ湾の原油流出事故で見たとおりだ」

 環境相の法的責任を免除する動きもある。
 政府や大臣の判断ミスで環境破壊が起きても、責任を問えなくなるかもしれないのだ。
 グレートバリアリーフへの土砂廃棄以上に、「こうした政策変更の影響はずっと深刻だ」とフルトンは言う。

 この件に関して首相府や環境省に接触を試みたが、何ら回答は得られなかった。
 しかし鉱業協会のピアソンは、官僚的な規制は業界や地域社会を苦しめるだけで、環境や世界遺産の保護には役立っていないと断言する。
 「アボット政権が言うように、環境基準については妥協せず、同時に不必要な規制を減らすことは可能だ」
とピアソンは主張する。

 「私たちは科学的な調査を無視するつもりはない。
 むしろ大歓迎だ。
 持続可能な開発、健全な科学、透明性と詳細なモニタリング、明確な手続き、地域社会の積極的な関与といったコンセプトに基づいて資源探査の計画が承認されることを望んでいる。
 クイーンズランド州の資源開発でも、できるだけ人々の意見を聞きたい」

 鉱業協会の会員企業は、持続可能な開発に関して国連の求める「効果的で透明性の高い関与と意見交換、第三者による評価報告」の枠組みを受け入れていると、ピアソンは言う。

■観光こそ持続可能な産業

 EU(欧州連合)とアメリカは、今年11月にブリスベーンで開かれるG20首脳会議で気候変動を取り上げるよう求めているが、オーストラリア政府は抵抗している。

 アボット政権に環境政策の路線変更を強いるには、国際的な舞台で恥をかかせるしかないのかもしれない。
 「観光はオーストラリアの一大産業だ。
 ひどい偽善が横行しているオーストラリアには行きたくないと、世界中の観光客が叫んでくれたらいいと思う」
と、ローランスは言う。
 「金絡みの話ならアボット政権を説得できるだろう。
 環境絡みの話には、彼らはまったく興味を示さないが」

 この6月、ユネスコの世界遺産委員会はグレートバリアリーフを「危機遺産」に指定するかどうかを判断する予定だ。

 「グレートバリアリーフを巨大なヘドロのサンゴ礁にしてはいけない」
とフルトンは言う。
 「観光業は外貨を稼ぐ巨大産業だ。
 資源バブルがはじけ、いくら地面を掘っても金を稼げなくなったとき、観光による収入はとても重要になる」

 ある調査によれば、グレートバリアリーフは今でも毎年およそ57億㌦を稼ぎ出し、6万9000人分の雇用を支えている。
 その大半は、もちろん観光関連の雇用だ。

 フルトンは言う。
 「しょせん石炭や石油、ガスは有限の資源であり、いつかは尽きる。
 私たちの代のうちに枯渇するかもしれない。
 でも私たちがサンゴ礁を守り、観光や漁業、その他で稼げるようにしていけば、そのシステムは持続可能だ」

From GlobalPost.com特約
[2014年4月29日号掲載]





【 うすっぺらな遺伝子 


_